圧倒的に足りていないインプットと「らしさ」〜青山写真学校グループ展を終えて

今回、火曜日以外は大体夕方の時間帯には在廊していました。

火曜日はというと、映画美学校の仲間が映画を制作してまして、それのお手伝いへ。

そして、写真展をほぼほぼ毎日通い。

やっと復活したところです。

今回の写真展は参加してとってもよかったんです。

青山裕企さんの写真学校のため、青山さんの写真が好きな人たちが集まるのでは?っと思ったのですが、全然。

全く毛色の違った写真の集合体になりました。

今回はそのことについて書いてみます。

目次

額縁の材質にこだわる

今回の展示はいつもの湘南天狼院での展示とは違って。

湘南天狼院では、額縁があります。

私たちは写真を用意して持っていって額に入れる状態です。

でも、今回は額縁からの準備になります。

前に買った額縁が3つありました。

今回は4枚、額縁が必要ということもあり、一枚だけ買い足しました。

でも、ちょっとアクリルだから、反射が目立つんだよなぁ。

ま、しょうがないでしょ。

と思いつつ設営に行ったところ、すんごい。

すんごいんですよ。

こんなにも種類、あるんだなってくらいそれぞれ工夫がなされていて。

あー、もっと調べるんだったと反省。

もうちょっと反射を抑えられるものにすれば良かった…

個性的な写真の集合体

上手い写真、今回あんまり出会わなかった気がします。

それぞれの写真の撮り方があって、それぞれの個性がとてもよく出ている、という写真展でした。

私はポートレートを出したけれども。

同じくポートレートを出している人もいたけれど。

これでもか、というほど全然違いました。

写真って、印刷された実物を見ると、全然違う。

青山さんの写真もネットではよく見ていたけれど、飾られているものは全然違う。

そんなことに気がつきました。

そうなってくると、実物を見るという機会が私は少ない。

非常に少ない。

もっと写真展、見とくんだった…汗

上手い写真と良い写真の違い

今回、ほんとに「上手い」と言われる写真はあんまりなくて。

「良い」写真ばかりでした。

ここで私のいう「上手い」と「良い」の違いを説明すると。

「上手い」写真は一瞬見ると、あ、上手いと誰もが思う写真です。

構図がよかったり、光の入り方がよかったり。

でも、ある程度習ったり、コツをつかめば撮れる可能性が高い。

そして、その写真は、上手いけれど、誰が撮ったのか分からない写真です。

でも、たぶんこのグループ展に写真を出していた人たちはそこを目指していなくて。

自分の「らしさ」で闘っていて。

なんとなく、ハッとして見ちゃう。

そして、なおかつ一瞬見ただけで、「あぁ、この人らしい写真だな」と思うもの。

それを私は「良い」写真だととらえています。

上手い写真を撮ってどうする?

私やいつも写真を撮る仲間たちはそこと闘っています。

でも、自分だけだと判断できないから、青山裕企さんや榊智朗さんに写真を見てもらっています。

そして、めちゃくちゃ多く枚数を撮るようにしています。

そう習ったから。

量は質を凌駕する。

でも、このことは本当にそうで。

たぶん、そこを忘れてしまうと上手い写真撮りを目指していってしまうのでは?

そう実感する今日この頃です。

もっと写真展を見ることが必要で…

今回、私たちの上でやっていた写真展も良いものばかりで。

もっと写真を実感することが必要で。

色々と講評で見てもらったらしているけれど。

忙しいからを理由に他の人がどのようなアドバイスをもらっているのか聞き流していたり、ちゃんと写真を見ていなかったり。

そして、私よりも良い写真を撮る人たちの写真を見ていないというか、見る量が圧倒的に少なくて。

そういう人たちがどのように自分らしさを表現しているのかもきちんと見定めなければと。

そう気が付けた段階で、今回の写真展は有益でしかなく。

いいことづくめか

自分とは違う写真を撮る人たちにも出会えてとても嬉しい。

今までと違った簡単で写真に向き合う良い機会となりました。

このグループ写真展、いいな。

やってよかった。

大変だったけど!汗

そんなことを思いつつ写真展は終了となりました。

ご来場いただいた方、本当にありがとうございました。

次はまだ未定ですが、また写真展をやりたいです。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

元教師のビデオアンドフォトグラファー。北海道苫⼩牧市出⾝。2014 年あおもりムービーコンテスト知事賞受賞。教員を続ける傍ら、映画美学校初等科、⾼等科に通う。45歳にして東京藝術⼤学⼤学院映像研究科映画専攻編集領域に合格を機に教員を退職。2022年、同⼤学院を卒業する。現在、フリーで映像編集や映像制作、写真撮影を続けている。

目次